京料理の主役にもなる『賀茂なす』

京料理の主役にもなる『賀茂なす』

「惚け茄子」と書いて「ぼけなす」と読む。大きくなりすぎて、艶もなく、水っぽくておいしくないなすを意味する。これに対して『賀茂なす』は、その正反対である。人に例えるなら、お公家様のような存在とでもいえばいいだろうか。その丸みを帯びた優雅な形、高貴さを象徴する深い紫色の艶やかさ、そして噛みしめるほどに深みを増す味わい。すべては、作り手が愛情を注ぎ、丹精込めてきめ細かく世話をした結果である。

 

江戸時代の記録に残る優れもの

「雍州府志(ようしゅうふし)」と呼ばれる地誌がある。1648(正保5/慶安元)年、江戸時代初期に刊行されたこの書には、山城国の様子が全10巻に渡って記されている。その中の「雑菜部」に、次のような一節がある。

「處々種之 或有紫茄黄茄白茄子之異 然紫色者為佳形状也 或有細長者 民間称長茄 然風味不及圓大者 洛東河原之産為殊絶」
大まかに訳せば、「山城の国では、あちらこちらになすを植えていて、紫なす、黄なす、白ナスがある。紫色が良く、形については細長いものもあるが、風味は丸くて大きいものには及ばない。洛東の河原(現在の今出川から三条あたりまで鴨川の東)で作られたものが最高である」となる。

丸くて大きいなすといえば、まさに『賀茂なす』。おそらくは、これがそのルーツと推測される。つまり今の左京区あたりで栽培されていたなすが、後に上賀茂や西賀茂で盛んに栽培されるようになった。そして明治時代には、既に『賀茂なす』と呼ばれていたようだ。

そのルーツを品種名から探ると、どうなるか。品種名は「大芹川」であり、芹川という地名は京都に2カ所存在する。1つは嵐山の芹川だが、ここに『賀茂なす』の祖と考えられるなすは存在しない。もう1つは、伏見区下鳥羽芹川であり、この地ではかつて、竹田なすと呼ばれた、丸いなすが栽培されていた。従って、おそらくはこのあたりが発祥の地と思われる。

由緒正しい『賀茂なす』は、1989(平成元)年に『京のブランド産品』としての認証を受けている。

 

まあるくて、ずっしり重くて、おいしくて

なすの歴史は古く、日本では1000年以上前から栽培されている。現在は、約180の品種があり、形や大きさもさまざま。その中でも「なすの女王」と称されるのが『賀茂なす』だ。

では、どこが、他のなすと違うのだろうか。まずは見ためである。一般的ななすが細長い形をしているのに対して、『賀茂なす』はほぼ正円形をしており、直径は8〜10センチ程度。肉質がしまっているため、手に取るとずっしりとした重みを感じる。重さは1個がだいたい260〜300グラムである。色は濃い紫で、つやつやと光っている。見て美しいものは、食べてもおいしいのだ。

ぎゅっとしまった肉は、しっかりとしていながらも、決して硬くはなく、とてもなめらかでとろんとした感じ。独特の個性あるうまみを秘めているため、京料理の懐石でも、決して脇役ではなくメインの一品として扱われる。

特に油との相性の良いのが『賀茂なす』の特長だ。油をたっぷりと使っても、その油を吸い過ぎることがない。だから果肉はシャキッと歯ごたえ良く、油に引き立てられた実のうまさとかぐわしい香りを存分に味わうことができる。まさに「なすの女王」と呼ぶにふさわしい味わいである。

 

手をかければかけるほど良く育つ

なすは、ハウスで栽培されることも多いが、亀岡の『賀茂なす』は露地栽培である。畑の土質は田んぼに近いものがよい。

『賀茂なす』は、同じ場所で栽培を続けると、土壌伝染性の病害が発生しやすくなる。これを防ぐために一度『賀茂なす』を作った耕作地は、次の2〜3年間ほどの間は水田として米作りをする。稲と『賀茂なす』は、水やりの方法が似ているのだ。こうして病気を減らすだけでなく、稲が土中の栄養分を吸収することにより、肥料の管理もしやすくなる。

水の入れ方は、土のうでいったんせき止めて一筋ずつ水を入れていく。水を入れる時間は、夕方の涼しい時間帯と決まっている。日中の暑い間に入れると、水がすぐに温まってしまい根を痛めるからだ。

害虫対策と風よけ対策として使われているのが、とうもろこしの一種ハイグレンソルゴー。これはカメムシやてんとう虫を呼び寄せる効果があり、それらの虫が害虫のアブラムシやダニなどを食べてくれる。

一方、霜対策や水の蒸発を防ぐことも重要で、4月ぐらいまでは黒いシートで土を覆い、熱を集めて温める。それ以降は、銀色のシートに張り替えて、水の蒸発を防ぐ。

なんとも手間ひまかかるのが『賀茂なす』だが、手をかければかけたぶんだけ、確実に良い実が育つのだ。

 

「子どもと思って慈しむ」松岡信次さん

『賀茂なす』は現在、京都の生産量の約6割が亀岡で作られている。その生産を担っているのがJA京都 京野菜部会 亀岡支部 賀茂なす部会である。部会長の松岡信次氏は「11年ほど前から、夏に賀茂なすを扱うようになりました。最初は150本ぐらいから始めて、今では200本ほどになりました」と経緯を語る。

『賀茂なす』は、別名「水喰いの肥料喰い」とも呼ばれる。それほど水の管理に気を使い、肥料もたっぷりと与えなければならない。

「特に水には注意します。毎日入れるのはもちろんですが、排水のタイミングを間違うだけで、つやが失われたりします。光と風を十分に当ててやるためには、毎日、剪定しなければなりません。枝を伸ばしすぎると、なすに栄養が行き渡らなくなるのです。しかも、賀茂なすは鋭いトゲがあるため、風が吹くと自分で自分の実を傷つけてしまうことがある。そうならないように、毎日、じっくり畑を見て回ります」

『賀茂なす』は、「三へた」と呼ばれるように、へたが3つに分かれて三角形になっているものが最上とされる。このへたの先には、鋭いトゲがついているので、扱いには注意が必要なのだ。

これほどまでにていねいに、時間をかけて世話をしているため、『賀茂なす』のシーズンは、これだけにかかりきりになるという。実に手のかかる作物だが、実は、そこが生産者をひきつける魅力でもあるそうだ。

「要するに子どもを育てているようなものです。愛情をたっぷりと注ぎ、すくすくと育つように、可能な限り環境を整えてあげる。バランスを量りながら、毎日、畑で一つひとつに心のなかで語りかけるのです。良い子にそだってくれよと」

生き物を育てるために、何より必要なのは愛情。当たり前のことを、当たり前にきちんとすることで、京料理の主役ともなる『賀茂なす』はすくすくと育つのだ。

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